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半世紀前のクリスマスプレゼント
もう年末ですね。クリスマスイブでもあります。
そんなせわしい中、所用を兼ねてヴェロニカさん宅へお邪魔しました。
世間のせわしさはどこへやら、ヴェロニカさんのお家の中はゆっくりとした時間が
流れていました。
お茶をいただいていたところ、ヴェロニカさんが2体の土人形をみせてくれました。
1体は親指大で緑色の衣を纏った女性を象った人形でした。褐色の肌にちょこん
ちょこんと黒い点々とした目がかわいらしいです。髪の毛も細部にこだわっています。
もう1体はやはり同じくらいの大きさで動物を象ったものでした。
はじめは牛かと思いましたが、ヤクとのことです。ナデて表面を綺麗に整えているのが
印象的です。背には布とその上に鞍が乗っています。とても微細な点までつくりこまれ
ています。
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土人形をみているとヴェロニカさんがどこの国か分かるか尋ねてきました。
私はなんとなくでインドかネパールあたりだろうと答えました。
答えはチベットとのことで、ハズレとなりました。
なぜチベット人によって作られた土人形がここにあるのか。
ヴェロニカさんは語り始めました。

話はおよそ半世紀前のチベットに遡ります。
御存じのとおり半世紀前のチベットは動乱の中にありました。
1956年にチベット動乱が勃発し、1959年にピークに達しました。
この1959年にチベット政府であるガンデンポタンはインドのダラム
サラに亡命します。結果、大勢の難民を生み出すことになりました。
この際、各国で難民救済組織がつくられ救援活動を行いました。
ヴェロニカさんの故郷スイスは、難民発生の翌年に他国に先駆けて
難民の受け入れを決定しました。
こうした背景の中、ヴェロニカさんのご家庭では1963年にダラムサラ
から養子を迎えました。
それが当時11歳のネメイ(Nemey)さんでした。
ヴェロニカさんにチベット人の弟さんがいらっしゃる話は聞いていましたが、
こうした経緯は初耳でした。

さて、ヴェロニカさん姉妹は毎年クリスマスの日にプレゼントとして素焼の
人形を作って知人に配っていたようです。ちょうどクリスマスの1か月前に粘土
を購入し、形を作って焼いたそうです。この日は特別な日で普段宿題をしなさ
い等々口うるさいお母様も黙って、プレゼント作りに熱中させてくれたそうです。
ネメイさんを迎えた1963年のクリスマスの1か月前も同様にネメイさんを交え
ヴェロニカさんたちはプレゼントを作りに精を出していたようです。
このときネメイさんによってつくられたのが冒頭の土人形でした。
ネメイさんはカンパ族のご出身とのことです。カンパ族はチベット動乱の際、ダラ
イ・ラマをインド国境まで送り届けた勇敢な部族として知られています。
東チベット・カム地方の富士山より標高の高い、高原地域でヤクを遊牧しながら
生活しています。このヤクを世話するのは女性や子供の仕事のようです。
土人形は故郷を思い出してのことだったのでしょうか。

しかし、この人形は言葉では形容しがたいほどリアリティを持つものです。
言葉が通じなかったことや年頃もあり当時のネメイさんは心を閉ざしていたと
ヴェロニカさんは語ります。
言語・文化・信仰、ありとあらゆるものが異なる世界で閉じた心の支えは
瞼の故郷だったのかもしれません。粘土に触れた際、閉じられた心が開いた
とヴェロニカさんはおっしゃっていました。
閉ざされた心から解き放たれた感情や想い、記憶など溢れ出てくるものがこの
作品を生み出したのだと思います。
それは私がここで語るには語りつくせない、語ることのできないものです。
ネメイさんと粘土の出会いはそれほどの大きな画期だったと想像します。

これは土が人と人の心を結びつけたとも言えるのではないのでしょうか。
土の持つ可能性や潜在的な何かを感じられるお話でもあります。
また、この当時からヴェロニカさんが粘土にかかわっていたことも興味深いです。

お話のあとヴェロニカさんにコーヒーを淹れていただき、
お姉さんの手作りクッキーをいただきました。スイスから送ってくれたそうです。
お姉さんとてもおいしかったです。ありがとうございました。
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ヴェロニカさんのお宅に居たのは3時間程度だと思いますが、
半日以上いたような感覚がします。そしてどこか異国を旅して帰って来たような
感覚で帰路につきました。
親指ほどの小さな土人形には驚くべき重層的なドラマが秘められていました。

半世紀前のクリスマスプレゼントは確かに私の心にも届きました。

by masa
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by oochigama | 2009-12-24 22:06 | おもいで話