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東洋の焼きものとの初めての出会い 
日本に着いた最初の日曜日に、上野の博物館に行きました。
もちろん私は日本語も分からず、
何の展示をやってるかも分からなかったけれど、
何でもよくて、とりあえず切符を買って入りました。

大勢の人波についていき、庭を通って本館に入ると
長蛇の列が出来ていて、私もそこに並びました。
みな、たいへん静かに並んでいました。

私は待ちながら、金で出来た宝ものや仏像など、
とても立派な美術品があるのではないかと想像しました。
そして2時間ほどたち、順番がまわってきました。
ガラスケースを覗いてみたら、頭を下げて見なければいけないほど
小さな、ゆがんだ、しかもかけている赤茶色のお茶碗が展示してありました。

その時、私は体中に稲妻が走ったような衝撃を受けました。
今まで培ってきた、西洋的な美についての感性はすべて崩れてしまい、
また、どうしてこれほど多くの人が2時間ものあいだ、
この小さな茶碗のために並んでいるのか、理解出来ませんでした。
しかし、私の心中に大きな衝撃を受けたことはたしかでした。

その時は自分が、まさか焼きものの世界に入るとは思ってもいませんでした。
けれどもその世界にたずさわるようになった今、
焼きものをつくりながら、あの時出会った茶碗はずっと心に浮かび、
先生のように私を導いてくれているのです。

シュトラッサー・ヴェロニカ

※上記の文章は、ヴェロニカさんが2007年に発行された
「Rheinfelder Neujahrsblatter 2007 , 63 Jahrgang」 というドイツ語本に
載せた文章を日本語訳にしたものです。

以下ドイツ語本文

<Erste Begegnung mit ostlicher Keramik>

Jetzt ist die Frage an Veronika fallig,weshalb sie als Schweizerin,aufgewachsen und vertraut mit der westlichen Kultur,Keramik herstellt,wie sie im alten Japan gemacht wurde,und wie sie nur noch von ganz wenigen Leuten auf diese arbeitsintensive Art hergestellt wird?
<<
Am ersten Sonntag nach meiner Ankunft in Japan vor sechsundzwanzig Jahren besuchte ich das Nationalmuseum in Tokyo.Da ich noch kein Wort japanisch verstand,wusste ich nicht,was fur eine Ausstellung gezeigt wurde,und folgte dem
Strom von Menschen,der sich ins Hauptgebaude bewegte.Dort hatte sich eine
lange Menschenchlange gebildet,der ich mich anschloss.Es war sehr still,und im Kopf stellte ich mir vor,dass sich vorne in der Vitrine bestmmt ein prachtiges Kunstwerk befande,mindestens aus purem Gold!
Nach zwei Stunden war die Reihe an mir .ich musste den Kopf senken,um in der
Vitrine etwaz zu finden.Da stand eine kleine,krumme,unscheinbare Schale aus
rotbrauner Erde.Ein grosser Schock durchlief meinen ganzen Korper.Plotzlich waren mir meine sicheren Vorstellungen vonKunst entzogen. Was bewog die
vielen Menschen,in Ehrfurcht stundenlang vor dieser kleinen schale zu warten?
Ich selbst wusste nur,dass ich war und ahnte noch nicht,dass ich mich
selbst nach einigen Jahren mit Keramik befassen wurde.Ader diese kleine Schale
ist mir immer gegenwartig, nun als Lehrmeisterin.>>

※パソコンの入力の関係上、一部正しいドイツ語が表示されていない箇所がございますが、ご了承下さい。

写真は焼成前の白州の岩石を陶土とした花器です
撮影 コエチ光彦
by sai

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by oochigama | 2008-02-16 00:04 | 作者のことば
mixiはじめました
こちらでのご報告が遅くなりましたが、巷で噂のmixiのコミュニティを立ち上げました。blog同様展示会のお知らせなどもしていきたいと考えておりますので、未見の方はぜひご覧になってください。コミュニティ→http://mixi.jp/view_community.pl?id=2911844
by masa

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by oochigama | 2008-02-12 22:54 | 活動コラム
代官山での作陶展の思い出(2001)
c0150665_2215611.jpg2月に入りました。こちら山梨は雪がしんしんと降っております。
皆さんはいかがお過ごしでしょうか。

こんな雪の寒い夜、退屈しのぎになればと
少しおもいで話でもさせていただこうと思います。
2001年に行った代官山での作陶展のお話をしたいと思います。


「ごはんぢゃわん展」と銘打った作陶展の招待状が当時の私の下宿先
に届いたのが、今から7年前になります。ヴェロニカさんとの付き合いは
古く、およそ20年ほどになります。
まだ大地窯がコスモスという美術・陶芸教室だった頃に私が生徒として通い
ヴェロニカさんがそこで先生をしていました。
ヴェロニカさんがコスモスを畳んだ後も交流がありましたが、
7年前のこの時点で、もうかれこれ5年はお会いしていなかっと思います。

私も久しぶりにヴェロニカさんにお会いしたいと思って、とくに連絡もせずに
作陶展へ出かけました。代官山は東京慣れしていなかった私にとっては
かなり敷居の高いお洒落な街というイメージがありました。
実際そのとおりで、駅からギャラリーへ向かう間は街の雰囲気に囚われて
足取りがおぼつかなかったのをよく覚えています。

そんな足取りでとぼとぼ歩いていると、どんどんと細い路地に入っていきました。
そこは大通りの印象とは違い、軒のそれほど高くない建物が並んで落ち着いた
雰囲気を醸していました。そんな一角にギャラリーがありました。
平屋建ての木造建築でその空間だけ時代に取り残されたような佇まい
をしていました。そして中に入ると懐かしい空気が漂っていました。
こういう空気は体が覚えているもので、ここがコスモスと同じ空気だと直感しました。
ギャラリー内は昔の日本家屋を思い起こすような木々を生かしたどこか懐かしい
空間でした。

そんな中に久しぶりにみるヴェロニカさんがいました。私が声をかけても
誰か分からなかったらしく、私が名乗ると目を丸くしてものすごく驚ろいて
らしたのを覚えています。私が最後にお会いしたのが中学1年生だったので
無理も無いでしょう。でもその時ヴェロニカさんは、何となく私が来るのではな
いかと思ったとおっしゃっていました。ヴェロニカさんの勘は非常に鋭く、時に予
知能力があるのではないかと錯覚さえしてしまいそうです。

「ごはんぢゃわん展」はその名のとおりご飯茶碗を中心とした作陶展でした。
ただ、並べられたご飯茶碗は私がコスモスでみたものとは大きくかけ離れてい
ました。ヴェロニカさんの陶器は釉薬を使ったものがほとんどでしたが、目の
前にあるものは鈍色をした重厚さを感じる作品でした。、器の表面に見え隠れ
する微細な岩石が、既製品の粘土を使用していないことを物語っていました。
そして器を手に持つとその外観とは裏腹に優しくすっと手に馴染みました。恐らく
5年間でヴェロニカさんの陶器は飛躍的に進化したのだなと、そしてヴェロニカ
さんの陶器へ対する挑戦がこの器から垣間見れました。

作品をみていると、ご飯を食べていかないかとヴェロニカさん手製の陶器でご飯
をいただきました。窯入れをした台風の夜にできた陶器の話や近況を交え、遅い
朝食をご馳走になりました。また上野原にも遊びに来てねとヴェロニカさんに見
送っていただき、私は帰路につきました。そのときは自分が今東京の代官山に
いることをすっかり忘れていました。
帰り道はなんとも晴れ晴れとした気持ちでした。

私はこのとき1つのご飯茶碗を購入しました。このご飯茶碗、不思議とごはんがおいしくなるのです。それと茶碗自体そんなに大きくないのですが、おなかいっぱいになるのです。そして7年経った今でも綺麗な鈍色を放っています。いや、7年前以上に色艶を増してきたように思えます。「ごはんぢゃわん展」を「ご飯茶碗展」としなかったのはひらがなの持つ優しさを表現したからだと思います。ですが、それだけでなく器自体の持つやさしさも表現したかったのではないかと思います。手に持ったときのあのやさしさはまさにヴェロニカさんの人柄そのものでした。

今後もこの“ごはんぢゃわん”でおいしいごはんをいただきたいと思います。

by masa
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by oochigama | 2008-02-03 22:07 | おもいで話